冒頭の写真を見て、「一体、何をやらせているんだ」と思った親ごさんへ。
もしも、まぁはすが一般的な学校や習い事教室なら、先生たちはすかさず、このように叱るでしょう。
「ふざけないで、ちゃんと座りなさい!」
「道具で遊んではいけません!」
でも、私たちは叱るどころか「すばらしい!」と、褒め称えます。
なぜなら、卒業していった子どもたちも、みんな彼女と同じことをしてきたからです。
常識的な使い方を無視し、目の前のモノを使って、自分の感じたことを表現する。
これこそが、私たちが最も大切にしている「感性」が育まれる瞬間であり、「個性」が産声を上げる瞬間だからです。

なぜ、大人はその「瞬間」を潰すのか?
ここで、皆さんと一緒に考えたいことがあります。
なぜ、他の場所では、子どもたちの『尊い成長の瞬間』を、大人が潰してしまうのでしょうか?
そこには、大人の「言葉」と「行動」の決定的な矛盾があります。
世の中の大人たちは、子どもたちにこう言います。
「自分の頭で考えなさい」
「あなたらしく(個性)生きてほしい」
「今この瞬間を楽しんでほしい」
どれも、ショーウィンドウに飾るような、とても美しい言葉です。
しかし、現実はどうでしょう?
実際に子どもが「自分の頭で考えて」、枝を角に見立て、「自分らしく」振る舞い、その瞬間を全力で「楽しんで」いると、どうなるか。
「ふざけるな」と怒られるのです。
おかしいと思いませんか?
「個性が大事」と言いながら、いざ個性が発揮されると「枠からはみ出すな」と怒る。
この大人の矛盾こそが、子どもたちの才能を枯らせている元凶です。

求む、宇宙人。
その「とんがり」の矯正は、本当に必要なのでしょうか?
私たちは、いわゆる「手のかかる子」を歓迎します。
- じっとしていられない子 → 行動力の塊です。
- こだわりが強すぎる子 → 研究者・職人の原石です。
- 「なんで?」と大人を困らせる子 → 哲学者の素質があります。
- 学校の教室に馴染めない子 → 器の大きな子です。
そんな「変わった子」と呼び、矯正施設のように「地球人の枠」に押し込めるのは、もうやめましょう。
人類は今、月や火星を目指している時代です。未来を作れるのは、常識に囚われない彼らのような存在です。
彼らが必要としているのは、管理される環境ではありません。
「その角、かっこいいね!」と面白がってくれる仲間と環境です。

「ショーウィンドウの子ども」は、卒業しよう。
親のために、先生のために、行儀よく振る舞う「ショーウィンドウの中の人形」のような子ども時代。
そんな退屈な時間は、もう終わりです。
泥にまみれ、木に登り、失敗し、腹を抱えて笑う。
添加物のない本物の食事で、脳と体を作り変える。
そして、自分だけの「角」を誇らしげに生やす。
そんな「宇宙人」と呼ばれている君、来たれ!
ここ「まぁはす」では、既存の価値観でいう「変な行動」は、怒られる対象ではありません。
自分の才能を押し殺して、「良い子」を演出する必要もありません。
本来は、それこそが褒められるべき才能なのです。
さあ、その愛すべき「角」を生やしたまま、遊びに来てください。
既存の常識を、一緒にひっくり返しましょう!






