私たちが子どもたちを外に連れ出すとき、そこには必ず「目に見えるものから、目に見えない背景を読み解く」という意図をもち取り組んでいます。
多くの校外学習は、知識を確認する作業(例「あれが〇〇だよ、覚えた?」)になりがちです。しかし、まぁはすでは、以下の3つのステップで子どもたちの内面にアプローチします。
1. 徹底した「観察」と「感動」の共有
まずは、ありのままを楽しみます。横浜の夜景を見て「綺麗だね」「贅沢だね」と感じる心を、否定せずに丸ごと受け止めます。このプラスの感情の土台があるからこそ、その後の問いが深く刺さるのです。
2. 「問い」による視点の転換
感動のピークに、私たちはあえて「なぜ?」「どこから?」という問いを投げかけます。
- 「この豊かな光は、どこで作られていると思う?」
- 「この美しい街を作るために、どんな人たちが働いていると思う?」 知識を教え込むのではなく、子どもの思考を「今、ここ」から「遠くの誰か」へと繋ぐ橋をかけます。
3. 「自分事」としての着地
横浜の光が福島の痛みと繋がっていることを知ったとき、子どもは激しい葛藤を覚えます。 「綺麗だと言っていいのかな?」という罪悪感。 私たちはその揺らぎを大切にします。
葛藤があるからこそ、「じゃあ、自分はどう生きたいか?」という、自分なりの答え(今回の場合は節電や祈り)が生まれるからです。
なぜ「教科書」だけでは足りないのか
教科書やニュースの映像でも、震災やエネルギー問題について学ぶことはできます。しかし、それはどこか「テストのための知識」や「他人事」になりがちです。
- 寒風の冷たさ
- 目の前の圧倒的な光の輝き
- 信頼する大人との静かな対話
これらがセットになったとき、知識は「血の通った体験」へと変わります。 大桟橋で「節電をしよう」と誓ったあの子は、家で電気を消すたびに、横浜の夜景と福島の空を思い出すでしょう。そのとき、節電は「我慢」ではなく、「世界との繋がりを大切にする誇りある行動」に変わるのです。
まぁはすが育みたいのは「慈しみのある知性」
私たちが育てたいのは、ただ偏差値が高い子どもではありません。
「自分の幸せが、誰かの支えによって成り立っていること」を想像し、感謝し、そして自分にできる貢献を考え、行動につなげられる子どもです。
この「慈しみのある知性」こそが、AI時代においても、どんなに社会が変わっても、人から愛され、社会をより良くしていくリーダーの資質だと信じています。
「この世界は、見えない糸で繋がっている。」
その手触りを感じさせること。それが、まぁはすの校外学習のあり方です。






