2026年、私たちは「凸凹」のままで、相互依存へ。
「できないこと」があるからこそ、役割が生まれる。 いいえ、正確に言えば、「特定の役割に特化しているからこそ、できないことが生じる」のです。
世界を見渡してみましょう。
自然界に、完璧な生命体など一匹も存在しません。
ライオンは「百獣の王」ですが、チーターほどの瞬発力はなく、空を飛ぶこともできません。
飛行機は空を舞うという卓越した機能を持ちながら、燃料がなければただの鉄の塊であり、自力で後退することすらできません。
ウサギは瞬発力の天才ですが、持久力では亀に及びません。
亀は100メートル走では勝てなくとも、数日間にわたって歩き続ける驚異的な「継続性、持久力」という特性を持っています。
そして、美しい蝶。
幼虫の頃は葉を消費し続ける存在ですが、成虫になれば花粉を媒介し、他者の命を育む「貢献者」へと劇的なパラダイムシフトを遂げます。
「万能」という幻想を、切り捨てる
今の教育現場や家庭において、私たちは子どもたちに「全部盛り(万能)」であることを求めすぎてはいないでしょうか。
「成績も良く、運動もでき、愛想も良く、親切であれ」と。
しかし、よく考えれば、すべての項目で平均点を取ることは、際立った強み(独自の役割)を失うことと同義です。自然界のどこを探しても、そんな非効率な生き物はいません。
親である私たちはどうでしょうか。
私自身、自他共に認めるほど「隙」だらけの人間です。財布を持たずに買い物へ行き、レジでフリーズするのは日常茶飯事。シャツを裏返しに着たまま、満面の笑みで宅配便を受け取ることさえあります。
私は子どもにこう伝えています。「親を反面教師にしなさい。私の真似をしてはいけないよ」と。 実はこれこそが、子育てにおける「最強の自立戦略」だと確信しています。
「完璧」という壁を壊し、「相互依存」の余白を作る
親が「完璧」というブランドイメージを固辞すれば、子どもは失敗をリスクと捉え、自分の「できないこと」「わからないこと」「失敗」などの”欠けた部分”を必死に隠すようになります。
それでは、誰かと助け合うための「噛み合わせ」が削り取られ、ただの無機質な部品になってしまいます。
私が失敗を隠さず、堂々と「隙」を見せることで、子どもは「失敗しても、できないことがあっても、価値は損なわれない」という心理的安全性を獲得します。その安心感があって初めて、子どもは「自分は空は飛べないが、地面を走る力はある」といった、独自の強みを研ぎ澄ますことができるのです。
親が「弱さ」を自己開示すること。 それによって子どもは「ここは自分が助けよう」と、自発的なリーダーシップと貢献の精神を育んでいきます。
2026年、凸凹を「コネクター」に変える
人類がここまで発展したのは、個々が完結していたからではなく、「自分の欠落を他者の強みで補完する」という相互依存の歯車を噛み合わせてきたからです。
- 足の遅いライオンが、群れの連携で狩りをするように。
- 移動できない花が、蝶に命の継承を託すように。
自分の「できないこと」を恥じる必要はありません。その「欠けた部分」こそが、他者と深く繋がるための「コネクター(接続部)」となり、社会におけるあなたの「独自のポジショニング」を決定づけ、才能を発揮できるのです。
現在は、まだ葉を食べるだけの幼虫の時期かもしれません。 あるいは、泥臭く歩き続ける亀の段階かもしれません。 それでいいのです。それが、戦略的に正しい姿なのです。
結び:ツヤのある、新しい一年へ
2025年、私たちは多くの困難に直面しましたが、最後はすべて「お互い様」という寛容さで包み込みましょう。
2026年は、自分の中にある可能性の種を信じ、蝶のように軽やかに、相互依存の空を舞える一年になりますように。
凸凹のままでいい。それが人間という存在の、最も美しい姿なのです。 私自身も、来年は「財布を持って買い物に行く」という、極めて基本的なセルフマネジメントから再出発する所存です。
皆様の2026年が、裏返しの服のタグさえも「唯一無二のデザイン」に見えてしまうような、ユーモアと輝きに満ちた一年になりますように。 それでは、素晴らしい新年をお迎えください。






