「テストの点数が悪いぐらいで、なんで親は怒るんだろう? 」
「人に迷惑をかけたわけじゃないじゃん…」
「『勉強だけできればいい』なんて、やっぱり変だよね」
子どもたちと過ごしていると彼らの真っ直ぐな言葉が、親としての私自身の在り方を鋭く問いかけてくることがあります。
その度に”ドキッ”としながら、「今の私、大丈夫かな?」と、自分の振る舞いを見つめ直す、貴重な機会をもらっています。
この記事を読んでくださっているお父さん、お母さん。
「勉強しなさい!」と、
お子さんに言ったことはありますか?
「テストの点数さえ良ければ…」と、
思ったことはありますか?
親である以上、一度や二度は、誰にでもある経験だと思います。もちろん、かつての私も、そんな失敗を重ねてきました。これは、そんな私の、少し恥ずかしい過去と、そこから得た気づきのお話です。
かつての私 – 不安と焦りで空回りしていた日々
フルタイムで働き、仕事に追われる毎日。
家に帰れば、子どもと充実した時間を過ごしたいと願いながらも、心はどこか焦っていました。周りのお母さんたちから聞こえてくる、「点数を上げるための塾」や「ドリルの情報」。インターネットで「子どものためになること」を検索しては、何が正解かわからず、焦りだけが募っていく。
自分が子どもと関われない時間を穴埋めするかのように、ドリルを与え、本人が望んでもいない学習塾に入れる。 良かれと思ってやっているはずなのに、気づけば子どもは、自ら考え、問題を解いていく本来の力を失い、その表情から輝きが消えていきました。
「なんで?」
愕然としたことを、今でもはっきりと覚えています。
その根底にあったのは、私自身のコンプレックスでした。「自分には学歴がないから、子どもにはせめて大学へ」「自分ができなかったことを、この子にはできるようになってほしい」…そんな、親の勝手な願いの押し付けだったのです。
視点を変える
「できないこと」から「できること」へ
自分の好きなことや、得意なことをしている時、私たちは時間を忘れて夢中になり、自然と様々な知識を吸収していきますよね。それは、子どもも全く同じです。
私は、自分のアプローチが間違っていたことに、ようやく気づきました。 そして、フォーカスする先を180度変えることにしたのです。
子どもの「できないこと」を数えて叱るのをやめ、その子の「できること」「好きなこと」を見つける旅に出よう、と。
体が弱かったわが子のために、まずは「これなら自信が持てる」という運動系の習い事を、一緒に探しました。寝食を忘れるほど夢中になれるものは何か、近所にあったスケート教室やスキー教室の体験に一緒に足を運びました。冬のスポーツを選んだのは、わが子が寒がりだったからです。

不思議なことに、子どもの「得意なこと」を探し始めると、私の心から、あれほどあった子育てへの不安が消えていきました。外部からのプレッシャーや、「こうあるべき」という呪縛から解放され、子どもの「できた!」瞬間に立ち会えることが、私自身の充実感に繋がっていったのです。
時代が求める「親の役割」の変化

「仕事って、辛いことなの?」 これも、子どもたちからよく受ける質問です。日々の生活に疲れた大人の姿を見て、子どもたちはそう感じてしまうのかもしれません。
しかし、自分の「できること」「得意なこと」にフォーカスを当て、仕事を楽しんでいる大人もたくさんいます。子育ても、全く同じではないでしょうか。
たくさんの知識を記憶することが価値を持った時代は終わり、現代では、膨大な情報の中から正しいものを選び、自分なりの意見を組み立て、人と協力して新しいものを創り出す力が求められています。
そんな時代に、私たち親の役割も変わらなくてはなりません。
子どもに知識を詰め込む「教師」ではなく、その子の興味関心の芽を見つけ、水を与える「庭師」のような存在であること。子どもの可能性を信じ、安心して挑戦できる「安全基地」であること。
私が今、わが子に本当に望むのは、たった三つです。
- 健康であること。
- 人としての温かみや優しさ、勁さを持っていること。
- 人を愛し、愛されるようになること。
親として、子どもにどんな能力を身につけてほしいのか。時代が大きく変わる中で、改めて一緒に考えていきませんか?


