設立当初から、親御さんの気になる行動があります。
それは、お迎え時間に「今日は、何をやったの?」という言葉です。
時々、メールでも「子どもが報告をしてくれません」とか、「こんな報告を受けています」などの言葉も見受けられます。
子どもは部下ではありません。
ましてや、大人の所有物でもありません。
一人の独立した、尊厳のある人間なのです。
大人が上に立って「導く」のではなく、
同じ目線で、一人の人間として対等に向き合う。
それこそが、私たちが大切にしている子育ての本質であり、師匠から受け継いだ「場作り」の根底にあるものです。
どうやったら、見えない才能(潜在能力)を開花させるかと躍起になって、大人も含め、他者評価依存に晒されていませんか。
時として、親のご機嫌を取るために、子どもは「なかったことを作りあげ、親御さんに伝えることもあります。なぜそうなるのか、これまで言葉を濁してきたこともありますが、はっきりとお伝えした方が良さそうです。
それは、親との間に距離を感じているからです。事実、まぁはすの子どもたちからはこんな言葉をよく聞きます。
親は、自分の表面しか見ない。
どんなに悩んでいても、困っていても、
それを解決するヒントも与えることなく、責める。
高学年になると、語彙力も増えます。
そうすると、「領海侵犯だ」という言葉を使う子どもいます。
平和学習にも取り組んでいますので、子どもたちの語彙力は飛躍的に伸びるのでしょう。
では、そんな子どもたちは、私たちに対してはどうするかといえば、、、
大人が聞かずとも、なんでも話をしてくれます。
そうした心の安定、安心があるからこそ、子どもは目を輝かせ、自分の可能性を広げていきたいと思うようになっていくのだと思います。
つまづいたって、いいじゃないですか。
途中で、止まってもいいじゃないですか。
子どもの可能性を伸ばしたいと願いながら・・・
なぜ、みんなと同じように振る舞わせたり、
なぜ、みんなと歩調を合わせないといけないのでしょうか。
そうしたことは、AIが最も得意としていることなのに。
共働きが悪いとは言いません。私もワーカーホリックでした。(今でもそうかもしれません)
しかし、せっかく、あなたを選んで、あなたの元に生まれてきた子どもと良好な関係を築かなければ、子どもが大人になった時、パワーバランスが逆転をした時に、どうなると思いますか?
あなたの命の灯りが消える直前まで、温かな安らぎを覚えるように家族と一緒に過ごしていたいですか?
もしも、それを願うのであれば、少なくとも子どもが10歳になるまでには、良好な関係を築いておかれることをお勧めします。
どんな将来を描きたいか。
どの道を、誰と歩むのか、選ぶのは親であり、子ども自身です。


